オタクは集うべきだが、群れるべきでない
昨日はやらかしてしまった。
実家の車で自損事故を起こしたので、色々とあった。
色々とあったが、なんだかんだで焼肉パーティーは行われた。
出生から四半世紀を祝う日としては、忘れられないものになったことは確かだ。
昨日という日を笑い話にできるよう、次の25年を生きねばならない。
自損事故だが、車両保険の力で、お金の面はなんとかなりそうである。
免責5万の支払いと、3等級ダウンで10万程度の見込みとなった。
もちろんこれは休日中の見積もりであって、正式な金額は明日以降に出る
安くはないが、あれだけフロントをやってしまってもそれだけで済んだのであるなら、やはり親には感謝をせねばならない。
多くのものに守られて僕は運転をしていたのだと、痛感させられる。
今日の僕を守ってくれた親の年になるまでには、四半世紀を要する。
そのころまでには、僕は誰かを守れる人間にならねばならない。
父と母は、これまでに多くの者のために、その人生を費やしてきた。
それに酬いるためには、僕もまた、そのように生きねばならない。
それが、継承というものなのだろう。
物々しいタイトルをつけたが、全然関係ない内容になってしまった。
まぁいいか。
そういうときもある。
そういう人間なのだ。
どう思われるかではなくどう思うかでしか、僕は駆動できない。
それでもそういう人間なりに、他者に優しくあれよと願うのである。