インターネット懐古厨
昔はよかった
昔のインターネットはよかった.
こんなに広告も多くなかったし,色々と軽量だった.
インターネット自体の情報量が少なくて,コンテンツに集中できる環境があった.
と,思うことが多い.
いやまぁ振り返れば昔のコンテンツにも広告はあったし,今よりももっと無秩序だったような気がする.
海外経由の広告が多かったのか,マルウェアやアドウェアの広告の割合は遥かに高かったと思う.
僕もそうした広告を踏んでアドウェアに感染したりもしたし,それが原因で色々と調べてリテラシーについて学んでいった.
だからどうしたという話ではあるのだが,やはり実戦で得た経験値は大きい.
アドウェアに感染したことを「良くないことだ」と知ったのは,結構経ってからだった.
それを知って,色々と調べて,そこからPCのメンテ方法を学んだ.
あの頃は,失敗が失敗ではなかった.
あれもまた,若さという無謀さだったのかもしれない.
昔のインターネットが良かったのではなく,それを良いと感じられていた僕の感性が輝いていたのかもしれない.
良いものであると無条件に信じることが出来ていたから,恐れていなかったのかもしれない.
記憶も思い出も薄れているから,それが本当にそうだったのかを確かめる術はないのだけれども.
今の僕は,インターネットを良いものだと思えているのだろうか.
2ちゃんとニコニコに書き込んでいたのが,今はTwitterとTwitchになっただけなのではないだろうか.
同じことを,違う形で延々とやり続けているのではないか.
それを幸せと定義できないのは,僕の欠陥だ.
仕組みとして良くなっているものに対して,根本的な変化のないことに憤りを感じて,幸福を遠ざけている.
技術は,人を幸せにする.
そのためにある.
幸せになれていないのは,僕の問題なのかもしれない.
明日は良くなると言うのであれば,今日を楽しむべきなのだ.
最近死んだ顔をしているなと,振り返ってみて思う.
意識をして笑顔を作って,嘘でも楽しいと言ってみよう.
それが事実になるまで,楽しむのだ.
今日は何もしなかったので,ポエムを書いた.
何もしなかったが,ポエムは書いたのだ.
よし.
これで明日を迎えられる.