イドのなんらか

TRPGしたりキャンプしたりするITエンジニアの人間が書く雑記

最近なんもしとらんがなんもしとらんのもアレなのでなんもしとらんと思っている原因をちょっと真面目に考えてみたい

マジでなんもしとらん

書くことがねぇ.

この一週間,就活とプライムデーと家事とガンプラをしていた.

体力と気力を使うとなんか言葉を出力するエネルギーが減少していくのを感じる.

 

リアルでやることはそこそこやってるので,ただただブログを書くという活力が損なわれているということである.

 

あれかもしれない.

Twitchの配信でコメントしまくってるからそこで文字を書くというタスクをした気になっていてそれでブログを書くエナジーが不足しているのかもしれない.

あとは抽象度の高い会話を定期的にしないと虚無の自分が姿を表すという,そういう特性のせいなのかもしれない.

 

このブログは僕のために書くブログなのであるが,それがうまい具合に機能していないのも困りものだ.

言語化することで整理されることは多いのだが,ブログ以外でそれをしているとここで整理するものがなくなったりするのか.

それか整理するべきものが得られていないだけなのか.

それとも日常的に煩雑な思考を整理できるようになってきたのか.

 

原因は良くわからないが,ここ最近ブログをちゃんと書けていないことだけは確かだ.

そしてリアル,ネットを問わず,ボイスチャットをあまりしていないのも,確かな事実である.

声をベースにしたコミュニケーションをして,そこでいろいろと発見していかないと,まとめるべき思考が出てこないのだ.

うん,たぶんそうなのだと思う.

 

後は就活をし始めた当初は娯楽に触れるのも怖がっていた自分がいたが,今は結構精神状態が安定していて,遊びに興じることができるようになったのも大きいのかもしれない.

精神安定剤としてのブログを手放す時は,間違いなく来ているのだろう.

 

まぁ今のところは就活日記としてこのブログを書いている.

日記である以上,毎日つけるのが道理というものだろう.

 

何より,中身のある記事を書けない自分にいくばくかの不安を感じている自分がいる.

アウトプットがなければ,今日は何もしていないのではないかと,そう思ってしまう自分がいる.

 

実際にはリアルでやるべきことをしているし,充実感も得ているのだ.

ブログが書けないというこの感覚が,形のない不安として現れているのだ.

元はそういう不安を言語化して解消するブログなので,今日の記事は収穫といえるだろう.

 

家事とかのリアル都合で充実感を得すぎるのは過去の自爆パターンでもあるので,あくまで今年のメインストリームは就活であることを強く意識し,日々を過ごしたい.

「普通を愛する」というのも,なかなかどうして難しいものである.

このブログの行いは「日々を特殊なものにする」というものなので,言葉に,物語にしてしまうと普通の日々から遠ざかってしまうのだろうか.

 

まぁいくら言葉にしても過去は変わらないし,いくら特別と言い張っても僕の一日はどこかにある普通の一日なのだ.

僕にとっては特別で,そして僕にとってそれが普通であることが重要なのだ.

そう思うことにして,毎日を生きよう.

 

大丈夫.

僕はちゃんと前を向けて歩けているはずだ.