寂しいから楽しい
兄がやってきた
今日は兄が新居にやってきた.
僕は3人兄弟で,次男と同居している.
なので今日来たのは長男である.
昨日実家に帰った際,色々と持ち出す物があったので,車を出して送ってもらった.
そして新居でお泊りをして,今日帰るという形になった.
3兄弟揃っての休日だったので,久しぶりにマルチプレイゲームに勤しんだ.
思えば保育園の頃からそうしていたのだが,それが24にもなってできるのだから,幸せ者である.
女っ気のない家庭であるが,仲が良いのは良いことだ.
だから,長男が実家に帰っていくのを見送るとき,寂しい気持ちが芽生えた.
今日楽しかったのは,多分,寂しかったからなのだと思う.
兄は尊敬するべき人で,事実そのようにして生きてきた.
居なくなるのは,とても寂しいことだ.
そういう別離の寂しさがあるから,一緒にいて楽しいと分かった.
今同居している次男とも,いつか別れる日が来るのだろう.
転勤,介護,結婚,理由はいくらでもある.
そうした脆い足場に立っているから,繋がりというものの尊さを知ることになるのだ.
なんだかおセンチな気持ちになってしまったが,これも社会人に,大人になるということなのかもしれない.
それを楽しみに,明日からも労働に勤しむことにする.