イドのなんらか

TRPGしたりキャンプしたりするITエンジニア志望の人間が書く雑記

利他的であろうとするほど利己的であることを求められる苦痛

自分のために生きるのは難しい

我思う故に我あり,という有名な言葉がある.

僕は,この言葉が嫌いである.

 

人間というものは集合である.

そして集合であるが故に,自己を理解するためには,まず他者を認識しなければならない.

僕は,まぁそういう理解をしている.

 

何が言いたいかというと,合理性に基づいて利他的な行動をするのが人間であると,僕はそういうふうに理解をしているということだ.

合理的に生きようとする中で,利己的に生きることは難しい.

 

僕は,環境や仕組みが人を作り上げると理解している.

「自分が変われば世界が変わる」的な言葉がある.

言葉の意味を理解するのは簡単だが,それを実行するのは難しい.

 

過去を振り返ると,僕の行動原理は割と利他的であったように思う.

自分のために何かをしたと言えることは,そう多くない.

確かに僕は快楽主義者ではあったが,自己投資よりも他者への投資を優先して生きてきた.

自分が成功することより,誰かが成功することに,より強い快楽を覚えていた.

 

僕は,破滅主義者でもある.

体内の自滅因子が濃いのだろうか,昔から自傷や自虐が得意だった.

未来の自分にとって不利益だとわかっていても,自分で自分を痛めつけようとする癖が抜けることはなかった.

 

利他的な行動原理しか持たない人間は,おそらく弱い人間なのだろう.

自分が生きる理由を他者に依存するから,利己的な行いをするだけの理由を持つことができないのだ.

 

しかして,時代は強い人間を求める.

文明は利己的である人間が利他的な行動をするようよう,僕に要求してくる.

 

僕が真に利他的な振る舞いをするためには,まず自分を愛さなければならない.

自分本位に生きることを学び,実践し,利己的な行いができる人間になることから始めなければならない.

僕は,僕が信仰してきた合理性を,僕自信の手で否定しなければならない.

 

それは酷い苦痛である.

僕は自傷や自虐に慣れた人間であるが,生き方を自己否定することほど,苦痛に感じることはないと思う.

 

おそらくは,利己と利他のバランスが大切なのだろう.

どちらも愛せるように,僕はこれからも生きて,それを学び続ければならない.

この苦痛と,ずっと寄り添って生きていかなければならない.

 

それを受け入れるだけの勇気は,僕にはまだない.

だからこうしてそれを発信することで,痛みをごまかすしか耐える術がない.

 

それでもこの痛みを,どこかにいる誰かもまた同じように感じているのなら,僕はそれを勇気に戦いたい.

そして同じ痛みを感じる人に対して,勇気を与えられる存在でありたいと願う.

 

就活してきた

ポエムはさておき,今日も就活してきた.

大学のOB会が行っている就職支援の面談だ.

 

就職支援職員によると,僕の自己PRやガクチカはなかなかにリッチなようだ.

むしろ喋りすぎだから,もっと簡潔に伝えられるようにしろと言われたくらいだった.

 

僕が就活するにあたっての問題は,やはり休学と退学理由の説明にあるようだ.

大学院を休学するまでに至った理由は,離散的なものではなく連続的なものである.

僕という人間がこれまでに生きて,これまでに感じてきた絶望に打ちひしがれたからこそ,僕はこうしてニートという醜態を晒している.

 

僕は嘘をつくのが苦手だ.

そしてそれは,事実を語りたがるという悪癖を持っていることも意味している.

僕は事実を伝えるために,起こったことすべてを語ろうとする嫌いがある.

 

ようは自己表現が苦手なのだ.

これはちょっとずつ練習して,慣れて,克服していくしかないのだ.

 

さて,肝心の就活についてだが,大学経由で紹介できるSE,SI系の求人は,相当数あるようだった.

モバイル/WEB/ゲームの三本を軸に,どれか一つ,もしくは複数重なる企業を受けていきたいと伝えた.

 

OB会の分析によると,僕の条件を満たす企業は,独立系のシステム屋に多いようだ.

これは僕が自分で調べていて感じていた事実と一致している.

 

 

一方で,やはりというか,いわゆる有名企業や大企業を第一志望として目指したほうが良いとも言われた.

大企業から下に転職するのは簡単だが,中小から上に転職するのは難しいと.

多くの大人がそういうのだから,それは間違いのない事実なのだろう.

 

僕はいわゆる”上流工程”をしたいわけではない.

ウォーターフォール的な開発が無意味とは言わないが,僕はそれを率先してやりたいとは思わない.

 

多分,僕はExcelベースで仕事をしろと言われたら,今すぐにでもできると思う.

不本意ながら僕はMS Officeアプリケーションにそこそこ精通しているし,それで仕事ができるレベルには習熟しているという自覚がある.

 

でも,僕は開発がしたい.

コードを書いて,テストして,リリースして,運用して,全部をやりたい.

極論,自分一人でも作りたいものが作れる人間になりたい.

 

実際問題として,個人開発には限界がある.

世の中の素晴らしいシステムの多くは,多くの一流ITエンジニアたちがチームを組んで生み出したものである.

 

でも僕は,素晴らしいシステムを世の中に生み出したいわけじゃない.

弱いITの力でも解決できる問題や満たせる渇望というものは,この世に多く満ちている.

 

僕はそうした問題を解決し,渇望を満たせる,そんなITエンジニアになりたい.

そしてそうなるためには,現場を知り,1からシステムを組み上げてリリースする経験が必要になると,僕は考えている.

 

だから僕の浅い考えでは,中小規模の独立系システム屋が最も自分に適しているのだと,そう結論付けている.

これはきっと,真実に浅い考えなのだろう.

 

なにはともあれ,助言をもらえるのはありがたいことである.

知らずに決断するのと,知った上で決断するのとでは,大きく意味が違ってくる.

 

大企業にいくのも,中小にいくのも,どちらもリスクである.

きっと大企業に行ったほうが得するだろうし,そして後ろ髪を引く後悔も残るのだろう.

中小に行ったら,VUCAの概念に基づいた変動に巻き込まれ,望む望まないに関わらずに,僕は変化しなければならなくなるだろう.

 

待遇面の不満は,きっとどこに行っても感じ続けるに違いない.

経済感覚というものは相対的であり,物欲というものもまた無限に湧き続ける.

お金はいくらあっても足りないと,僕は不満を吐き続けるのだ.

 

まぁ,自立するということはそういうことなのだろう.

どちらも選んでも,僕は変わる.

どっちが良いかなんて,最終的には飛び込まなければわからない.

 

どちらのリスクをとるのか,その決断は内定受諾という瞬間に委ねられている.

それまでに僕は,試行錯誤をし,対話し,選ぶべきリスクを知らなければならない.

 

不安も不満も無限に湧いてくる.

それでもなお,僕はリスクの先にある希望を見据え,歩き続けていきたいと思う.